「孔子教と紳士道」2 渋沢栄一

最終更新日

渋沢栄一

余は今日の紳士と呼ばれ、紳士と自称する人に、 果たしてどれほどかこの理想に合致しているものあるかを知らぬ。
しかしいかにしても理想の紳士というべき者、ジェントルマンと言われる程の人は、 それ位の気魄精神を持たなくてはならぬと信じるゆえに、 自ら省みてその地位を恥ずかしむるがごとき感ある人は、 せつに紳士道の真義を理解し、これが体得躬行に忠ならんことを切望する。
しからざれば、到底『論語』の君子たるの道に適うものでない。

論語を活かす〔改訂新版〕

私の母方の祖父は、私の幼少期から少年期において共有した時間が長い人であった。
躾に厳しく色々と叱られたこともあるが、非常に優しい祖父であった。
家族からみると、その祖父の性格と私のそれは似ているそうだ。
子供の頃は気が付かなかったが、中学生頃から「論語の精神」を自分の中に感じていた。
祖父から教えられた「人として守るべき規範」という奴に練り込まれていた為だろう。

祖父はどんな人だったのか…。
当時は珍しく大学を出ており勉学は得意だった様だ。
戦争の時は近衛隊に選ばれたが、戦中に足を負傷し死なずに済んだ様だ。
戦後は裸一貫から身を立て、教員などもしたそうだ。
隠居時期は非常に早かった。(この辺りはかなり私の理想に近い・笑)

その後は、お金に困る様なことは無く、毎日地元のデパートへ出かけ、サービスカウンターで重いタバコ吸いながら、店員達と仲良くやっていた。
私も週末毎にそこへ連れて行って貰い、面倒を見て貰った。
そこで色々と教えて貰った。でも、窮屈さは無かった。

奇しくも、祖父の亡くなった場所はそのサービスカウンターである。
いつも通りにタバコをふかし、「さて…」と立ちあがると、そのまま卒倒し心筋梗塞で亡くなった。
即死で、苦しむことも全く無かったそうだ。
毎日通った場所で、大好きなタバコを一服し、知人達に囲まれながら死ぬ。
病院も近く家族達も直ぐに駆けつけられる場所であったし、「あんな幸せな死に方はない」と思った。(その場に私は居なかったが)

話は長くなってしまったが、この人の生活を見ていると紳士道の実践を意識している様に思える。
近くの公園で散歩をする。
その時に困っている人が居ると必ず声を掛けて、助けようと自ら近づいていった。
その公園では有名だったみたいだ。(笑)
お節介とも思えるが、それをせずにはいられない優しい人だったのだろう。

デパートの売り場を歩いていて、売れなくて困っている商品があると、必要も無いのに「可哀相だ」と買ってあげてしまう様な人だったそうだ。

食事をするために店へ入ると、食べる時は必ず作ってくれた人に「いただきます」と伝えていた。
また、自分の食べた食器は出来る限りは片付けて、「ごちそうさまでした」と手を合わせていた。
私も習ってやるように躾られた。

そして、早い時期に隠居して、パイプ・キセル・紙タバコといったタバコを好んで口癖が「ちょっと一服…」と言う、粋な一面も持ち合わせていた。
外出の時はお気に入りのハットを必ず被っていた。

色々と思いでばかり語って、読んでいる方には申し訳ないが、「紳士道とは、こういうことなのではないだろうか」と思ったので、エピソードをご紹介させて頂いた。
子供の視点での思い出なので、初歩的なことしか覚えていないが、大人になって私の日常的に行っている行動の中で、祖父の行っていた仕草やスタイルが「正しい姿」として無意識的にすりこまれている可能性はあるかもしれない。

今の自分で当時の祖父と渋沢栄一の本を輪読して語り合ってみたかったと思いを馳せてしまう。
良い師となってくれただろうし、知己ともなれただろう。
祖父の分まで、不器用ではあるが論語の精神を受け継いでいきたいものである。

2010/12/13に記した記事を投稿

スポンサーリンク

シェアする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


コメントする