父母憲章 安岡正篤 安岡正篤一日一言

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父母憲章

一、父母はその子供のおのずからなる敬愛の的であることを本義とする。
二、家庭は人間教育の素地である。子供の正しい徳性とよい習慣を養うことが、学校に入れる前の大切な問題である。
三、父母はその子供の為に、学校に限らず、良き師・良き友を択(えら)んで、これに就けることを心掛けねばならぬ。
四、父母は随時祖宗の祭を行い、子供に永遠の生命に参ずることを知らせる心掛けが大切である。
五、父母は物質的・功利的な欲望や成功の話に過度の関心を示さず、親戚交友の陰口を慎み、淡々として、専ら平和と勤勉の家風を作らねばならぬ。
六、父母は子供の持つ諸種の能力に注意をし、特にその隠れた特質を発見し、啓発することに努めねばならぬ。
七、人生万事、喜怒哀楽の中に存する。父母は常に家庭に在って最も感情の陶冶を重んぜねばならぬ。

安岡正篤一日一言より引用

一、父母はその子供のおのずからなる敬愛の的であることを本義とする。

 こうなるまでに必要なのが二以下の素地を培う、
親自身の姿勢と子供の啓発が必要になる。

子供のおのずからなる敬愛というのは、
強要や依頼心があってはならないから難しい。

二、家庭は人間教育の素地である。
子供の正しい徳性とよい習慣を養うことが、
学校に入れる前の大切な問題である。

 学校に入学して、人格的にまともに育っていないのは親の躾が問題で、
徳性を培う教育法を用いていなければ、
その後如何に勉学が出来ても、
役立たずの頭でっかちになりかねない。

それを指摘した警句である。

要は、子供の姿は家庭内での親の姿そのものを偽りなく映す曇りのない鏡なのである。

子供は純粋だから、ありのままに現れるのだ。

大人は理性で抑えることが出来るが、
子供にはそういう観念が育っていない。

実際、子供は親の自己反省の材料となるということだ。

三、父母はその子供の為に、
学校に限らず、良き師・良き友を択(えら)んで、
これに就けることを心掛けねばならぬ。

 父母の眼力が確かなものなら、
教師の中でも、子供の友人の中でも、
「本物」を見ぬくことはできるはずだ。

子供の頃から功利的な視点で人を観る様な事を間違っても教えてはならないと思う。

でなければ、エコノミックアニマルの階層から抜け出すことは出来ない。

良い師と出会うには自己陶冶が必要で、
師に子供を託すにも人物足らねば受けてはもらえない。

四、父母は随時祖宗の祭を行い、
子供に永遠の生命に参ずることを知らせる心掛けが大切である。

 当たり前のことだが、
祖先からの繋がりがあって現代に生を受けている事を教え、
今生きている事に感謝と祖先への報恩の気持ちを体現することは大切だと思う。

たとえ生まれ出でた環境が不遇であっても、
それを理由に祖先を敬うことを怠ったり、
ましてや批判する様な気持ちを持っている様な人間に、
人知を越えた力は味方しないと思う。

仮に無いにしても、
祖先を敬わない父母を子供が将来大切にするであろうか。

祖先報恩、敬老、若年者への愛情、未だ世に生まれていない世代への配慮、
こうした精神を持たない利己的な人間に、
子供の良心は無意識的に反発をするだろう。

現世での不幸を間違っても祖先の責任に転嫁してはならない。
非常に卑屈で汚い行為だ。

五、父母は物質的・功利的な欲望や成功の話に過度の関心を示さず、
親戚交友の陰口を慎み、淡々として、専ら平和と勤勉の家風を作らねばならぬ。

 ストレス社会で少なからず親も子供も悪言を口にする事も多いと思う。
父母が達観した精神を鍛錬していれば、
状況が悪くとも淡々と日々を送る人間性を作ることが出来る。

そこで育つ子供は自然とそれなりの人物になると思う。

金が無くて世を怨み、金があっても欲望に溺れ、
結局どんな境遇に於いても人間の精神次第である。

六、父母は子供の持つ諸種の能力に注意をし、
特にその隠れた特質を発見し、
啓発することに努めねばならぬ。

 親の眼力一つで子供の才能の開花は決まってしまう。

これは子供自身が好きなこと・夢中になっていることを観察して、
必要な知識や教養と道具を与える事で育むことが出来る。

啓発は大人だけの物ではなく、
子供の内から必要なのだ。

しかし、大切なのは、才能や技術は枝葉末節であり、
人間の価値は其れで決まる事はないと教えることだ。

そうしなければ、その子供を支えている物は、
特質へのプライドであり、
人間としてのプライドでなくなる恐れがあるからだ。

子供の内に秀才の誉れが高いのに崩れていく人間が居るのはこのためである。

裸一貫で勝負できる人間になれと教えることが、挫折に強い子供を作る。

七、人生万事、喜怒哀楽の中に存する。
父母は常に家庭に在って最も感情の陶冶を重んぜねばならぬ

 無感情は子供へかなり悪影響を与える。

感情豊かな人物は人から怨まれたり妬まれたりしない。

平穏無事に生きるにはそういった性格作りも必要かも知れない。

特に子供の内は大切だ。

ある程度成長したら、あまり極端に取り繕うのも可笑しいので、
自分の性格にあった感情の出し方にしても良いと思う。

しかし、根底には深い愛情がある感情の発露を心掛けねばならない。

子供は多くの大人を知らない分、
その繊細さから周囲の大人の偽りの感情や愛情の希薄さを直ぐに見ぬく。

 結局、修身をおろそかにすれば、
子供にも迷惑を掛けてしまうという結論である。

2009-12-17の記事を再掲載

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