「斡旋の才」 安岡正篤一日一言より

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斡旋の才

真木和泉が”斡旋の才”ということを説いている。

斡旋は人(事)を愛するがゆえにその人(事)によかれと世話をし、
とりはからうことである。

これは大事なことで、斡旋の才のある人間はひとかどの人物といってよい。

政治家はこの才を本領とするものだが、
必ず徳と相待つ必要がある。

さもないと今の活動家のような、
とかく利権屋に堕してしまう。

安岡正篤一日一言より

 安岡先生の定義する斡旋は、「徳を持った人物の行う斡旋」に限り、
自己を満足させる為の邪念が入り込めば「利権屋」になりさがる。

政治家と官吏の力関係が変化してきた現代に於いては、
この人物をこの職責に推せば悪い状況を打破してくれるかもしれないとか、
この計画・委員会にはこの人物に参加してもらい意見を聞くべきだ、といった
そういう人物眼が無くては難しく、それができる人も限られる。

 これをミクロな視点で見ると、会社やグループの適材適所の善し悪しで
組織力が30%になるか120%になるか変化するということである。

「我こそ先んずる」という現代の競争社会では、己の力を見定められても、
仲間を駒として見てしまい、所詮、自分の支配下における力の発揮にとどめられてしまう。

100%のリーダーに素質があって、100%の力を引き出す事が限界だ。

なぜ、120%、200%にすることができないか?

それは、リーダー自身がリーダーの限界を作ってしまっているからだ。

 秩序、ビジョンは最低限必要だが、押しつけられた其れは、
多くの「普通」の人々から思考する事を奪ってしまいかねない。

普通の人を励まして、普通以上の成果と悦びを分かち合う為には、
無私の気持ちで人選し、彼らを励まし、失敗も許容することではないだろうか。

 私が人の上に立たなければならない立場になったら、
多分、失敗した部下に 「なぁに、プロの社会保険庁でも俺達の年金の使い道を間違えるんだ、
慣れない俺達の失敗なんて可愛い物よ。
さて、何が良くなかったのか考えよう」
と、励まし、一緒に考えていくと思う。
自分自身も気がつく事も多く、勉強になると思う。

自分の未熟で卑近な経験を上げてみることにする。

過去に、アルバイトを部下に持ち仕事をした事がある。

面接は一切行えず、与えられた人財で運営しなければならなかった。

私が副主任であったが、前職の上司が辞めてしまい、私が切り盛りする事になった。

多くのアルバイトは前々職の上司に懐いており、私は反面そりが合わなかった。周りは敵ばかり。(汗)

 その状況から、昼行灯流(笑)の人財活用を行った。

表面的に対立する者も拒まずシフトには加えた。

例え、ドタキャンしまくっても。

それは、こちらがドタキャンされてもどうにかできる所を見せておかないと、
日和見派をこちらへ引き込めない。

その位の雅量が無いと、敵対した者が警戒する。

 しかし、その中で、職業人としての外見、口調、
に関しては最悪(ギャル系)だが、頭が良く度胸の据わった女性が居た、
私はその頭の良さを発揮できるポジションにつけ、
給与を他のバイトには内緒で多く与えた。

理由は「お前さんには俺が出来ない事ができて、俺よりも頭の回転が良い。
ただ、外見が表向きではないだけで、
俺はお前さんの頭脳に給料を払う価値が十分あると思っている。

他で勤まらなくても、俺はお前さんの能力を評価するから、
右腕になって好きなだけ稼いでくれ。」と言った。

彼女は頭が良く、私の弱点を直ぐ見抜き、
それを補佐できる範囲で率先して補佐してくれるようになった。

 部長には、なんであんな外見のみっともないギャルを優遇するのか、
素行を直さなければ辞めさせてはどうかと言われたが、
彼女の優れている点を述べて、
「私が一緒に働く分には他のアルバイトよりも持ち場を上手に動かす逸材です。」とハッキリ言った。

それを、人づて本人が聞いたらしく、彼女はより一層仕事に励んでくれた。

多分、ある分野では私の120%は成果を出してくれた。

口調も、私に対しては絶対に敬語を使う様になっていた。

 変化が起きたのはそれから後、私の部下のアルバイトは、
以前のメンバーが自然に減っていき、
他の部署では「使うのに持てあます人財」と噂される人々が集まってきた。

だが、私はバランスが悪い人間が大好きで、
彼らの考えている事を大切にして、
彼らの得意な事を率先して挑戦させてみた。

そして、とにかく褒めた。

すると、皆弱点をカバーし合って、
日雇いの労働者も居たのだが、彼らの中でも
私の部署に配属されると仕事がし易いと評判になっていた。

「此処は家庭で、年下は兄弟、年長者は父親母親祖父祖母のような関係で仕事をしたい」そう考え、私自身実行した。

古典でいう所の修身斉家治国平天下の「斉家」を職場に取り入れた。

すると、常勤アルバイトの若者が、
日雇いの中高年の労働者に「あまり重い物を持たないで下さい、私が持ちます」といたわったり、
それに応えて年下のアルバイトに年長者の日雇い労働者が
「なんでも手伝える事があったら、遠慮無く指示してくださいね」と士気が上がった。

 私は最後まで「たるんでいるぞ、もっとペースを上げろ!」等の檄は一回も不要であった。

吉田松陰先生の仰有った、
「人間は誰でも何かを成す為この世に生まれている」という言葉はよく発したが。

その人の持つ持ち味を存分に発揮させるには、
自分の虚栄心が大敵である。
出しゃばってはいけない。

それが、折角の斡旋の効力を無にする事になると思う。

2009-08-20の記事を再掲載

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